今回は、私が改稿するにあたって編集担当の河出書房新社・尾形さんからどんなアドバイスをいただいたかを紹介したいと思います。
私が第1稿を書いたとき、私はまだ小説家としてデビューする前のアマチュア。今振り返ると、原稿はチラ見するのも恥ずかしいくらい拙いものでした。そんな作品を静岡書店大賞受賞作にまで育ててくれた尾形さんのアドバイスは、本当に貴重なものだったと改めて感じています。
ちなみに尾形さんは長らく『文藝』の編集長を務め、現在は多くの単行本を手掛ける傍ら、激売れしている新雑誌『スピン』の編集長も務めていらっしゃいます。新人作家さんをたくさん育ててきたご経験があり、「プロ」と「アマ」の違いを熟知していらっしゃる編集者さんで、私がデビュー作を尾形さんに担当していただいたのは本当に幸運なことでした。
では、具体的にデビュー作『ぬくもりの旋律』の第1稿と最終稿が尾形さんのアドバイスによってどう生まれ変わっていったか、恥を忍んでご紹介していきます!
アドバイス①勇気を出して、全部カット!!
最初に紹介するのは、『ぬくもりの旋律』のプロローグのラスト。佐々倉美琴が、長く住んでいた自分のマンションを出ていくシーンです。まずは第1稿の文章です。
――もう、この部屋を出よう。
少し早いけれど、マンションの前でブンイチを待たせてしまうのも気が引ける。彼女のからだを案じて、「部屋で待っていればいいのに!」ときっと彼は怒るだろう。
キャリーケースを立たせた。水道、ガス、エアコン、最後にベランダの戸締りを確認する。玄関に立ち、振り返ってもう一度部屋を見回した。
まだ、実感が湧いていない。
彼女がこの部屋に戻って来ることは、もうないのだ。
この部分が、完成までに下記のような形に改稿されました。
一つ大きく息を吐き、立ち上がった。キャリーケースを立たせ、トートバッグの持ち手をぎゅっと掴む。少し早いけれど、もうこの部屋を出よう。マンションの前でブンイチを待たせるのは、やはり気が引ける。でも彼女の体を案じて、「部屋で待っていればいいのに!」と、きっと彼は怒るだろう。
水道、ガス、エアコン、最後にベランダの戸締りを確認する。彼女はドアの前に立ち、振り返ってもう一度部屋の中を見回した。
こうして読み比べてみると、自分でもずいぶん変わったなぁと思います。本作は、全編を通じてこのレベルの改稿がされています。ちなみに最終稿は第5稿となり、改稿は計4回行っています。
皆さんも感じたかもしれませんが、第1稿の文章は完全に自己陶酔型で、匂わせ要素がぷんぷん漂っていますよね(笑)。これ、他の人の文章だとわかるのですが、自分ではなかなか気づかない。小説家志望の方やデビュー間もない作家は気をつけていても結構やってしまう落とし穴かもしれません。
当然、尾形さんからは「最後の2行はカットしましょう」という指摘が入りました。この2行の要素は、プロローグの全体を通じてもうすでに読者には伝わっているので、ダメ押しでここで書くとしつこい。「彼女がこの部屋に戻って来ることは、もうないのだ。」という文章で、読者を本編へ引き込みたいという下心が見え見え。あー、恥ずかしい(笑)。振り返ってもう一度部屋の中を見回すって普段あんまりしない行動なんだから、それで十分伝わるじゃん!と今なら思うのですが、ついついこういうふうに、いかにも”小説っぽく”書いてみたくなっちゃったんですよねぇ、当時は。
書き手にとって、書いたものをカットすることは勇気が要るものです。せっかく書いたのに・・・という気持ちが強くて、カットするの嫌!!って思ってしまいます。でも「本当にその文章、必要?」という視点はとても大切です。「こういう箇所をばっさりカットする勇気が持てるようになると、作品はもっとよくなっていきますよ」というのが、最初に尾形さんからいただいたアドバイスでした。
実は今年の8月に別の出版社さんから刊行予定の2作目も、第1稿を読んでくれた担当編集者さんに「プロローグのこれ、いらないのでは?」と指摘されて、第2稿ではごねました(まだごねる笑)。でも冷静になって考えると「あ、やっぱ要らないわ・・・」と思えてきて、第3稿で2ページ分くらいの文章を勇気を持って潔く全カーット!!!結果的にシンプルで伝わりやすい、そして読者を物語に導きやすいプロローグになったと今は感じています。
せっかく書いたものでも、「もったいない」と思わずカットする。勇気を持ってそれができるかどうか。そして当然ながら、カットして改稿して、よりよい流れを生み出せるか。ここがプロとアマの分岐点の一つではないかなと感じさせられました。
アドバイス②読者を置き去りにしない
もう一つ、これも大事なアドバイスでした。こちらも具体例を挙げて説明したいと思います。
『ぬくもりの旋律』の第4章に、主人公のスポーツ記者・月ヶ瀬直生と栄神タイガースの抑えのエース・宮城峻太朗が一緒に牛タン屋で食事をするシーンがあります。ここでは、ギクシャクしていた二人が仲直りをして、宮城がメジャーリーグ挑戦の背景にある本当の理由を初めて直生に打ち明けます。
ここは物語のクライマックスとも言える大事なシーンで、宮城の「我慢することって、愛情表現じゃないと思うんです」というセリフは多くの読者さんから「最も印象に残った言葉の一つ」として挙げていただきました。この項は、宮城の「あとは任せますから、いいようにまとめてください」という言葉で終わっています。
そのあと次の項に進みますが、第1稿の時点ではこのような書き出しで始まっていました。
家に帰ると、いつものように家の中はしんとしていた。
手を洗ってうがいをして、鏡で自分を見る。ここ数日あまりよく眠れていなかったが、そのわりにはスッキリした顔をしていた。
リビングに行くと、パズルやクッションが床に散らかっていたので、拾ってソファやテーブルの上に置いた。ソファの背もたれには、「スマイルズ・アラウンド・ザ・ワールド」とアルファベットで書かれた写真集が置いてあった。これはたしか、栞が編集プロダクションにいたころに手掛けた一冊だと記憶している。妊娠がわかる少し前に、喜んで表紙を見せてくれたことがあったのだ。
次に、4回の改稿後です。
駅の改札を出ると、頬を撫でる風が一段と冷たく感じた。家路につく人々の乾いた足音が、すぐそばを通り抜けていく。
メジャー挑戦の背景にあんな思いがあったなんて、まったく知らなかった。ファンのために、ファンに期待される通りに、いつまでも今のチームにいなきゃダメなのか――熱のこもった宮城の言葉が、耳の中で何度も再生される。こんなにそばにいたのに、ずっと近くで見てきたのに、そんな思いに気づきもしなかった。自宅マンションのほうに一歩前へ、一歩前へと進みながら、自分の歩みの小ささに情けなさを覚える。
公園の前に差し掛かったところで、その歩を止めた。照明灯がスポットライトのようにジャングルジムを照らしている。あんな高いところから落ちたのか、怖かっただろうな、と思った。直生も小学生のとき、「地球まわし」とみんなが呼んでいた回転式の丸いジャングルジムから落ちたことがあった。あのとき、起き上がれなかった自分の手を引いて保健室に連れていってくれたのは、二歳上の兄だった。その背中がひときわ大きく見えたことを思い出す。
また一歩前へ、一歩前へと歩みを進める。その一歩がどんなに小さくとも、情けなくとも、家で待つ家族のもとへと歩き続ける。三人の気配を感じながら、記者人生で最高の手記を書かなければと、また宮城のことを思った。
マンションを見上げた。ベランダの柵の向こうにはもう、電気はついていなかった。
エレベーターを降り、玄関に向かう。ドアを開けると、いつものように部屋の中はしんとしていた。手を洗ってうがいをして、鏡の中の自分を見る。ここ数日あまりよく眠れていなかったが、そのわりにはすっきりとした顔をしていた。
リビングの床が、パズルやクッションで散らかっていた。一つずつ拾って、ソファやテーブルの上に置く。ソファの背もたれには、「スマイルズ・アラウンド・ザ・ワールド」とアルファベットで書かれた写真集が立てかけてあった。これはたしか、栞が編集プロダクションにいたころ手掛けた一冊だ。妊娠がわかる少し前に、喜んで表紙を見せてくれたことがあった。
本作を読んでいない方のために補足すると、この前の章で、自閉スペクトラム症である幼い次女がジャングルジムから落ちてしまうという事故がありました。また、ふいに思い出した兄の存在も、物語の大事なポイントになっています。そして、直生が家で発見する「スマイルズ・アラウンド・ザ・ワールド」という写真集も物語の肝になっています。
第1稿では、主人公が親友でもある仕事のパートナーと和解したあと、すぐに帰宅してリビングで写真集を見つけるという流れになっています。この原稿を読んだ尾形さんは「これだと『こうなって、こうなって、こうなりました!』っていう事実を伝えてるだけで、読者がなかなか直生についていけない。直生は、宮城からメジャーに行く本当の理由を聞かされたわけですよね? であれば、直生が宮城と別れてからどんな気持ちで帰宅したのか、宮城が打ち明けてくれた”本当の理由”を直生はどんなふうに受け止めたのか、どんなことを思いながら家族の待つ家へと帰っていったのか、その気持ちを綴ってみませんか?」と提案してくれました。
たしかに、第1稿では「食事のシーン終わり、はい、次は帰宅して家のシーン!」という感じですよね。「こうなって、こうなって、こうなりました!」と事実しか伝えていないので、読者が置いてけぼり。主人公・直生と読者を一緒に「余韻に浸らせる」ためのストロークが必要だったのです。それによって読者の気持ちが乗れば、次のシーンもさらに効いてくる、というわけですね。
おそらくですが、「こうなって、こうなって、こうなりました!」というふうに書いてしまったのは、私が脚本家でもあるからかもしれません。(あくまで「かも」です)
というのも、脚本というのはドラマの”設計図”的な存在であり、おもに行動を綴っていくので細かい心理描写までは書きません。セリフに乗せる感情なんかはホン打ち(脚本の打ち合わせ)でプロデューサーや監督と「ここのこのセリフって、こういうニュアンスで言ってるんですよね?」と入念に話し合い、監督が現場でちゃんと演出してくれて、俳優さんがしっかり気持ちを乗せて演じてくれて完成します。さらには、そこに音楽が加わることもあります。でも、小説家はそのすべてをひとりで、しかも文字だけでやらなくてはならないのです。ホントに、うっかりしてました(笑)
読者を置き去りにしない!!それは、本当に刺さるアドバイスでした。2作目もしっかりと肝に銘じて執筆を進めています。
というわけで、恥を晒しながら今回は2つ、尾形さんからいただいた大事なアドバイスを紹介させていただきました。
これは小説を書くときだけじゃなくて、どんな文章を書く際にも活きるポイントかなと思います。皆さんももし文章を書く機会があれば、ぜひ参考にしてみてください!!
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